説教塾

復活と十字架の説教をめぐるメーリングリスト討論

序 ) 説教塾のメーリングリストにおいて、2006年春に「説教における復活と十字架」について活発な議論がなされました。その議論が、「神の義と愛」、「晴佐久神父の受難主日説教」というテーマをめぐる有意義な討論へと発展していきました。2006年5月2日から5月26日までの分を報告いたします。



平野克巳

 『説教の神学』の有志読書会が代田教会でもたれました。ぼくは特に、次の文章に心がとまりました。「十字架抜きの復活の説教は……愚かな『祝会』を生むだけである。復活抜きの十字架の説教は、自分でも手に負える程度のありきたりの罪を会衆に語ることしかできない。」(53頁)読書会の前日、24日に開かれた東京説教塾の例会では、富士見町教会の歴代牧師の説教が紹介されましたが、討論においては、ことに島村亀鶴牧師の十字架理解が問題になりました。十字架に対する敬虔な信仰を伝えるものであるのと同時に、それが感傷主義的、道徳的、主観的なものに流れてしまってはいないか、という点について語り合われたのです。先の一節は、その関心について、別の角度から、言葉が与えられたように思われました。つまり、島村牧師の説教講演で語られていたのは、「復活抜きの十字架」ではないのか、という点です。
 この点については、加藤先生の近著『十字架上の七つの言葉』もまた、別の言葉で、同じ事柄を言い表しています。「十字架につけられるということは手に釘を打ち込まれることであり、そのまま何日も放置されていることであるというように、悲惨な十字架の苦しみをなまなましく描き出したり、思い浮かべたり、そのようにしてイエス・キリストの苦しみを偲ぶということが、キリストの十字架を理解する近道であるのか。福音書それぞれに十字架の出来事を語るが、キリストのむごたらしい受難や、十字架の死の息を呑むような描写はほとんどないと言える。福音書の記者はそういうことにはあまり興味がなかったらしい。なぜ、興味がなかったのか。私たちの福音に関わりがないからであろう。」
 読書会では、「それでは十字架と復活とを切り離さない説教とは、どのような姿をとるのだろうか」という問いが出されました。ぼくたちの説教は、それほどまでに、「復活抜きの十字架」を語る常套句に支配されているのです。そのような「常套句」が壊されるためにも、それはすなわち、ぼくたちの信仰が新しくされることとひとつでしょう。

木森隆

 復活抜きの十字架の説教はよく自分たちがしているのかなぁと思います。でも今回、私が分かち合いたいのは「十字架付きの復活」の賛美歌のことです。讃美歌148番の「救いの主は」の三節ある歌詞のうち最初の一節は復活を歌っているけれど、後の二節は十字架を歌っていることに気がついたのです。復活の喜びから見えてくるものは十字架による救いの喜びであると、この讃美歌の歌詞から思ったものでした。

藤原導夫

 説教塾例会で島村先生の説教を読んだ時、何か自分の説教の性格と似ていると感じていたところに、平野先生の指摘があり、ぐさりと刺されたような思いとなりました。「ぼくたちの説教は…『復活抜きの十字架』を語る常套句に支配されているのです。そのような『常套句』が壊されるためにも、それはすなわち、ぼくたちの信仰が新しくされることとひとつでしょう。(平野)」このことが私にも起こって欲しいと思っています。

上田好春

 十字架は「神の義と愛の会えるところ」です(賛美歌262番)。「植村、三吉、島村」の説教と言う話で、[4月24日の説教塾定例会で]私が伝えたかったのは、徹底した神の愛を語るのが、日本のキリスト教の伝統だったという事実です。焦点は、このキリストの愛が、まさに神の義であり、愛であるとはっきり言っておられることです。キリストの十字架の苦しみに、神の愛の本質が表れていることです。『日本の説教-6 島村亀鶴』(187ページ)に、こう書いてあります。「ですから、甘え得る神、叱らない神を知らさなければならないのです。これが神学的には非常に危険な言い方であることを重々承知の上で、あえて申したい。我らの神は罰することのお嫌いな方、どこまでも愛する神、逃げれば逃げるほど、反逆すればするほど愛する神なのです。百回罪を犯せば、百一回目の救いを用意してくださっている神なのです。この神の愛に心を砕かれて悔い改める以外に、人間の神に立ち帰る道はありません。」
 神の義を語ろうとすれば、神の愛を語ることになる、それが当然ではないでしょうか。対立するはずがないではありませんか。島村先生の講演について、説教塾で、「センチメンタリズム」だという反応が起こったことが、わたしには理解できません。神のあふれる愛を語らずして、十字架も復活も語ることは出来ないでしょう。「十字架上の七言」のどれをとっても、神の愛がわたしたちに押し迫ってくるではありませんか。

藤原

 ちょっと[リシャーの引用の]原文に当たってみました。“The preaching of crucifixions without resurrection calls up questions like, To what end? and produces predictable and manageable guilt trips for the congregation."むしろ、ニュアンスとしては「十字架抜きの説教は…ただ罪悪感を生み出すだけである」ではないでしょうか? つまり、復活抜きだと罪に対する究極的解決(福音)をもたらすことはできず、ただ会衆に対して罪悪感だけをつのらせるものとなってしまうという指摘ではないでしょうか。それなら分かりますが。また、この「guilt trips」という表現は復活抜きの十字架の説教が「多種多様な罪悪感」を聴衆にとって醸成するものとなっているという指摘のみでなく、結局は生涯にわたって罪の未解決の「旅」にいざない続けている、ということをもリシャー先生は架けて使っておられるのではないかと読んだのですが、読み込み過ぎでしょうか?

平野

 有志読書会の楽しみは、誤訳の発見です!。ただ今回は、それほど翻訳には誤りがないかもしれません。藤原先生が引用した文を訳すと、「復活抜きの十字架の説教は、『それでは、何のための十字架なのか』との問いを呼び覚まし、自分でも手に負える程度のありきたりの罪を会衆に語ることしかできない。」“…produces predictable and manageable guilt trips for the congregation"これはリシャー先生流のしゃれた言い回しですね。十字架抜きの説教は、結局はそこそこの罪を辿ってみせるだけで、会衆にとっては意外性もなく、ついていくのにたいした労もいらない説教となる、というのです。英語にお詳しいほかの方、どうでしょう。
 この「guilt trips」という表現は復活抜きの十字架の説教が「多種多様な罪悪感」を聴衆にとって醸成するものとなっている。「多種多様な罪悪感」を聴衆に醸成するというニュアンスは読み取れないんじゃないかなぁ、と思います。
 藤原先生が、「復活抜きだと説教する罪が小さくなる、そのような罪しか説教することしかできなくなってしまうというこの指摘に、そうですよねとうなずけないのです。」とおっしゃいました。ぼくは、ここのところが鍵だと思います。説教塾の例会では、加藤先生がルターの言葉を紹介してくださいました。「本当の罪人はイエス・キリストだけである。」罪の深層は、ぼくたちは自分では把握することができません。センチメンタリズムの問題は、涙を流させることによって、まるで罪がわかったかのように相手をだますことにあると思っています。そして、そのとき、ひとは病みます。これも加藤先生が紹介してくださったルターの言葉で言えば、「罪人であることに習熟」しようとせず、その結果、主イエス・キリストの救いを小さく見積もるのです。
 リシャー先生が「復活」ということに集中していくとき、そこに人間の罪責感情の解決だけではなく、もっと大きなもの、終末論的次元まで射程に入れています(53頁以下)。この復活の次元がなければ、十字架も小さなものとしてしか認識されません。そして、復活抜きの十字架の説教は、結局は会衆の罪責感情をいじる〈お手軽な〉説教(これをpredictable and manageableと皮肉をもって呼んでいることには驚きがありますけれど)に終始してしまう、ということでしょう。

藤原

 う~~ん、なるほど、そのように受け止めておられるのですね。もう一つ尋ねさせてもらえませんか。リシャー先生の文章は、私も大筋は理解できるように思います。ただ、「復活抜きの十字架の説教は、自分でも手に負える程度のありきたりの罪を会衆に語ることしかできない」という言葉の意味が今一歩理解できないでいます。十字架だけでは、なぜそうなってしまうのかということを、お聞かせ願えないでしょうか。

平野

 復活抜きの十字架の説教は、聴衆の罪責感情に訴えながら、個人的・道徳的な罪だけ(英語で小文字で表されるような罪)をクローズアップするきらいがあります。あの島村先生の説教は、最終的には、教会員に対する信仰の熱心への訴えで終わっていました。しかし、そのとき、小文字の罪の背後にある罪の問題、ぼくたちの「手に負えない」罪の問題に対しては、口を閉ざしたままにならざるを得ないでしょう。しかし、そのような「手に負えない」罪があるから、ぼくたちは「百回」罪を犯すのではないでしょうか?
 けれども、ぼくたちがいくら信仰熱心になっても、解決できない「罪」があります。それは、聖書が証言している大きな罪、罪の「力」と言い表されるような罪、大文字で表される罪、ぼくたちには決して手に負えない罪、それゆえ、神ご自身に勝利していただくほかはない罪の存在です。このような罪を前にするとき、涙することもできないほどに震え上がらざるを得ないでしょう。加藤先生が、そんな言い回しをどこかでしていました。
 こうした「手に負えない」罪については、福音書が語っていないことを主イエスに語らせ、聴衆の涙に訴えることでは言及できないでしょう。復活=神の義の貫徹(リシャー)、という場所に立たなければ語り得ないでしょう。ぼくたちの「外側で起こった」十字架と復活という「終わりの始まり」を、ただ告知するしかないでしょう。
 それでは、そのような説教がどのような語り口で語られるのか、しかもそれが会衆に「アッピール」するものとなるのか、その道こそ、ぼくたちが問い尋ねていく方向であるように思っています。もう少し、言葉を解きほぐさなければ、と思いながらですけれど。それでも、ね!『説教の神学』をさらに読み進めたくなるでしょ?

藤原

 ただ、私はそれでもリシャー先生の先の言葉に引っかかってしまうのです。復活抜きの十字架だけの説教では手に負える程度のありきたりの罪しか語ることができない(射程が届かない)が、十字架を前提とした復活の説教においてこそどのような深刻な罪も語り得る(射程が届く)、というような感じです。十字架は復活によって「補完」されなければ充分ではないのでしょうか? この言い方だと十字架固有の「充全性」が損なわれてしまうような気がするのですが。キリストの十字架はあらゆる罪に対応しているのであり、そこに残された罪はないと私は考えます。

吉村和雄

 横から口を挟むようですが、わたしの考えをひとこと。問題は、リシャーの「復活抜きの十字架の説教は、自分でも手に負える程度のありきたりの罪を会衆に語ることしかできない」という言葉の理解に関することです。この場合の「復活抜きの十字架の説教」は、正確には「復活抜きの十字架の福音の説教」です。つまり、「復活を視野に入れずに、十字架の出来事を福音として語る説教」です。
 ところで、復活というのは、死に至るまで神に従順であられたキリストを神が、陰府に捨てておくことをなさらなかった、という出来事です。少し言葉を換えれば死に至るまで神に従順であられたキリストを神は、陰府に捨てておくことがおできにならなかった、ということです。そう考えると、「死に至るまで従順であられた」ということの中に復活の契機があることになります。つまり、十字架の中に、復活が見えているということです。言葉を換えて言うと、主イエスは十字架にかけられることによって罪と死の法則に対して、勝利なさったのだ、ということです。同時に、罪と死の法則に支配されているわたしたちをそこから奪還した、という意味でも、それは主の勝利であったのです。復活だけが勝利なのではなく、十字架もすでに勝利なのです。
 ところで、復活抜きに十字架を語るということは、このキリストの勝利を語らずに十字架を語ることです。しかもそれを福音として、わたしたちにとってよい知らせとして語ることになります。その時語りうることとして、第一に取り上げられるのは、「主はわたしの罪のために死んでくださった」ということです。それを福音として、よい知らせとして語ろうと思うとどうしても、自分の罪深さとか、そのために主イエスが味わわれた十字架の苦しみの大きさというものが強調されることになります。そして、自分の罪がこれほどまでに主イエスを苦しめているのだから、わたしたちは自分の罪から離れなければならない、とかあるいは、主イエスがこんなにわたしたちのために苦しんでくださったのだから、わたしたちは主イエスに感謝しなければならない、ということが言われることになります。「自分でも手に負える程度のありきたりの罪を語る」というのはこういうことであろうと思います。そして、そこで全面に出てくるのは、主イエスの苦しみに対する心情的共感ですからそういうことから、その説教は、センチメンタリズムになりやすいと思います。
 ところで、先にあげた「主はわたしの罪のために死んでくださった」ということは、間違いではありません。でも使徒が最初に説教したのは、「あなたがたが十字架につけて殺したイエスを、神は主とし、またメシアとなさったのです」ということです。「あなたがたが殺したイエス」が「わたしのために死んでくださった主イエス」です。「わたしのために死んでくださった主イエス」は、(心情的共感を媒介とすれば)そのままで福音になりますが「あなたがたが十字架につけて殺したイエス」は、(復活を考えなければ)そのままでは福音になりません。でも、もし「あなたがたが十字架につけて殺したイエス」が、そのままでは福音にならないのなら「わたしのために死んでくださったイエス」も、そのままでは福音にならないのではないでしょうか。復活を抜きにして、十字架だけを福音として語ろうとするとどこかで、無理をすることになると思います。

大谷さつき

 四月の例会での中で、島村先生・植村先生の説教に続いての討論の中で問題になったパイエティとセンチメンタルの関係が、良く分かりませんでした。メーリングリストの中でも平野先生が触れていましたのでもう少しご説明願えないでしょうか。
 ここからは感想ですが、島村先生の講演会で語られた、伝道者として考えてこられた日本人に伝道すると言うときに「神の審判」よりも「神の愛」をどうしても伝えなければいけないという思いは、なるほどなあと分かるような気がしました。「神の愛」の方が語りやすいということではなくて、神の愛を理解することの方が難しいということなのではないかと思いました。どんなに愛を説明しても、解き明かしても、そうそう簡単に神の愛を分かってもらえない困難を感じながらの結論ではなかったかと思えてもいます。
 日本人の罪のとらえ方の問題を深く考えておられたように思います。日本人特有の甘えを例にとって、甘えは罪だと考えておられたことは、私自身四番目の末っ子の甘えを脱していない者には身につまされて聞きました。島村先生自身が本当なら伝道者として匙を投げられて放り出されても仕方がないと自分でもあきらめてしまうところを、神様の赦しと恵みのゆえに今があるというパウロの告白への共感があったのだと思いました。甘えの罪を責め続けたのは当人自身でもあったということだと感じています。因果応報の思いが支配しやすい日本人の魂に、「神の審判」が本当に分かるためには「神の愛」が分からないと罪そのものが分からないことになるのかもしれないと思ます。
 その愛を伝えるというときに「感傷的に」ではなく「主観」に留まることなく、聞いて分かる誰であっても理解できる言葉にすることが必要だろうという意味でのセンチメンタルに対する問題意識だったのかなあ、というのが私の理解です。

平野

 大谷先生へ。パイエティについては、手元にある『キリスト教神学事典』では、次のように始まります。「敬虔主義pietism=これは17、18世紀にプロテスタント・キリスト者の間に起こった運動である。ルター派(そしてある程度は改革派にもあった)正統主義が教義体系に縛られたスコラ主義に堕する中で、それに代わる生きた信仰、個人的かつ実践的な「心の宗教」を求めた運動である。」そして、センチメンタルは『大辞林』ではこうです。「センチメンタル=ちょっとしたことにも感じやすいさま。涙もろいさま。感傷的。」
 ぼくは、説教が「心の宗教」を求める、という点には大賛成です(それが「個人的」なものに留まり、「教会」を軽んじることになるのならば留保しなければなりませんけれど。つまりそれが「敬虔」から「敬虔主義」になることは警戒しなければなりませんけれど)。これが、加藤先生がよく用いる「アッピールする説教」ということでしょう。ぼくたちは、教義体系に縛られた説教、あるいはテキストの文言に縛られた説教、つまり「おそろしく正確ではあるが、おそろしく退屈な説教」を、何とか脱却しなければなりません。この点について、島村先生の言葉から学ばなければならない点が多いと思います。
 しかしそれが、センチメンタルな説教、「涙に訴える」説教となる道も、避けなければいけないと思います。島村牧師の説教に感じた問題は、聖書に記されていない十字架上の主イエスの心理の分析をわざわざ語ることで、いたずらに聴衆の「涙」を誘っているのではないか、という点でした。
 大谷先生はこのように書きました。「その愛を伝えるというときに「感傷的に」ではなく「主観」に留まることなく、聞いて分かる誰であっても理解できる言葉にすることが必要だろうという意味でのセンチメンタルに対する問題意識だったのかなあ?(大谷)」そうではなくて、「聞いて誰であっても理解できる言葉」にしようとするあまり、「感傷」と「主観」に訴えることとなってしまったのだろうと思うのです。けれども、そこでは、十字架と復活がもつ「客観的」な側面、つまり「外側からやって来る」救いという側面が語られていない、という点に問題を感じるのです。
 さて、批判だけではどうしようもありません。ぼくたちの説教の課題は、おそらく、「パイエティ」を大切にしながら、「センチメンタル」を避ける道です。その点については、加藤先生の『十字架上の七つの言葉』がひとつのモデルを示している、と思います。また、最近必要があって読み続けている、加藤先生の「ヨハネ福音書説教」の受難記事の部分です。そこで先生は、信仰のセンチメンタリズムと戦っている、とさえ言えると思います。



--- 「神の義と愛」をめぐる議論 ---



上田好春

 讃美歌262には、ちょっとした思い出があります。講談社現代新書の桑田秀延著『キリスト教の人生論』という本のことです。この本の編集担当者が若き日の私です。「まえがき」に桑田先生がこう書いておられます。「この小冊は、講談社の上田好春君の勧めと督促と協力がなかったなら、到底陽の目を見ることができなかったであろうことを、最初に明らかにしておきたい。同君は富士見町教会員であられる由で、私とは同信の友ということになる。同教会の島村亀鶴牧師は私の親しい友人である。」その93頁、「審判の上に立つ救い」というところを読んでみましょう。「罪と罰と赦し」という章の「十字架の意味」を解説した部分です。以下、桑田先生の文章です。「キリストが十字架上でその受難と死によって、罪に対する神の律法の要求を果たしてくれたので、人間は罪とその呪いからとき放たれて救われたのです。そしてそのすべてが神よりの恩恵として与えられている。これが十字架の救いです。キリストの救いは、罪を見逃すような甘いものでなく、キリストの受難と死によってはじめて処理せられ、それによって解決せられ、救われる、きびしい救いです。
 「十字架のもとぞ いとやすけき神の義と愛のあえるところ」この讃美歌の262番にあるように十字架は神の義と愛の出会うところです。それは審判のない救いではなく、むしろ、きびしい審判の上に立つ救いです。聖書の神を信ずるキリスト教徒は、キリストの受難と死という歴史上の一度の出来事によって、全人類の救いがなし遂げられた、と信じ認めるのです。これが十字架の贖罪の死であるという意味です。つまり、ただ殉教の死であるというのではなしに、ただ一人のメシアが罪人の救いのために死んだ、独自な死と見るのです。キリスト教徒はキリストの十字架を仰いで、みずからの罪を知らしめられ、かつここにおいて自分に対する神の恵みの救いが与えられていると信ずるのです。
 この本で、桑田先生が讃美歌262を引用して、「神の義と愛のあえるところ」と語ってくださったのを、当時の私は、新鮮な驚きとしてお聞きした記憶があります。実は、担当編集者としては、十字架を愛の場所として書いてもらえるかと期待していたのですが、そうはなりませんでした。逆にしっかりしたキリスト教入門書になりました。昭和43年以来、版を重ね、30万部以上売れました。

平野

 上田好春先生、日本のキリスト教の伝統と呼ばれるような島村牧師の説教について、たいへん有意義な報告をしてくださり感謝しています。その席で馬場牧師が発言していましたように、「日本基督教会の伝統」、と今呼ばれているものの中に、そして、日本基督教団の中でも、どれほど大切なことが欠落しているか、そのことをあらためて知らされる学びでした。
 それは、まさに先生が記されたように、「徹底した神の愛を語るのが、日本のキリスト教の伝統だったという事実です。」という点です。いえ、むしろぼくなりの言葉に代えるなら、「神の愛」というよりも、「神への愛」がどの説教からもにじみ出ています。この「神への愛」は、加藤常昭先生の説教にあふれています。そのことがわかったとき、ぼくは加藤先生に学び続けたいと強く願ったのでした。そしてそこにこそ、ぼくたちが受け継ぎたい「日本のキリスト教の伝統」があると思いました。
 「義と愛? 義を隠した愛?」について。その時、島村先生の説教を学ぶ上で、どうしても言葉を正確に用いることが必要であると思います。それは、上田好春先生が記されている文章と、上田好春先生が引用された文章とでは、微妙なずれがあることです。上田好春先生はこうおっしゃいました。「焦点は、このキリストの愛が、まさに神の義であり、愛であるとはっきり言っておられることです。……神の義を語ろうとすれば、神の愛を語ることになる、それが当然ではないでしょうか。対立するはずがないではありませんか。」しかし島村先生は、こう語っています。「これが神学的には非常に危険な言い方であることを重々承知の上で、あえて申したい。我らの神は罰することのお嫌いな方、どこまでも愛する神、逃げれば逃げるほど……愛する神なのです。神様は、『審判をする神だ』ということを知られるよりも、『そうやない。わしはそうやない、わしは人間を愛する神さまだ』……自分自身の正義のゆえに審判をするという自分自身の性質そのものを隠して、堅実に愛であるということを知らさなければ、これを徹底しなければ、じっとしておれない神だ。」このように、島村先生は、「義と愛」については語らず、「義を隠した愛の神」についてひたすら語っています。しかもそれを、「神学的に非常に危険な言い方」でる、と断った上で。つまり、島村先生は「神の義と愛の会えるところ」(賛美歌262番)である十字架について、「義」を語るよりも、「愛」を語ることの〈危険を承知で〉、あえてそれを選んでおられるのです。「神の義を語ろうとすれば、神の愛を語ることになる、それが当然(上田好春)」であるとは考えておらないのです。ここのところは、とても重要なところだと思います。そうしないと、知らないうちに、島村先生が警戒している、「神学的には非常に危険」な方向に進んでしまいかねないでしょう。
 それでは、どこが「危険」で「極端」なのか。その点をわきまえておかなければ、説教者として、島村牧師の説教を読んだことにはならないでしょう。「百回罪を犯せば、百一回目の救いを用意してくださっている神。(島村)」この言葉は、「神学的には非常に危険な言い方であることを重々承知の上で……」との断り書きのあとでの発言ですから、どれほど真剣に取り上げてよいものか、よくわかりません。それでも、ここのところは、ぼくたち説教者の〈常套句〉になりかねないところですから、よく考えてみる必要があるでしょう。しかも、ぼくたちの方は、島村牧師ほどまでにはその「危険」と「極端」をわきまえないまま、同じ言葉を繰り返してしまうのです。
 しかし、ここにまさに、〈復活抜きの十字架〉があることはたしかでしょう。会衆に示されるキリストは、十字架につけられたままなのです。さらにこの言葉には、「自分でも手に負える程度のありきたりの罪を会衆に語ることしかできない」とリシャー先生が指摘するところの臭いが漂っています。〈百回罪を犯せば、百一回目の救いが用意されている〉ような罪とは、「ありきたりの罪」ではないでしょうか?
 なぜ、ただ一回の十字架と、ただ一回の復活を語ることで、十分にならないのでしょう?
なぜ、〈義〉を隠した〈愛〉を語らなければならなくなるのでしょう? なぜ、会衆はいつまでも〈罪人〉の席に座らされなければならず、〈義人〉とされた自分を発見できないのでしょう。それがぼくの問いなのです。

寺田信一

 上田好春先生のメールで引用なさっている『讃美歌』262番ですが、元はスコットランドの讃美歌です。その第一節の詞には、『神の義と愛の会えるところ』という表現が入っていません。小生は以前から、そのことに疑問を持っておりました。明らかに意訳であると思えてなりません。邦訳讃美歌のサダメでしょう。それだけではなく、この「会えるところ」という日本語そのものにも、少なからぬ疑問を持っているのです。「会う」ものならば、「神の義と愛」は本来、別々であったことになります。十字架において初めて「会う」ための距離が以前にあったことになるのです。もしかすると、『讃美歌』を編集した昭和時代の委員会の十字架理解が、こういうところに反映しているのではないでしょうか。そして(北森神学をはじめ)独創的ではあったが聖書的ではない、それこそ甘え得る神を描き続けてきた面が、日本の説教者(特に明治や昭和の先達)には見られるのではないでしょうか。

平野

 寺田先生のご指摘は、誤解があるようです。原詩の第二節に、このようにあります。“O trysting place where Heaven's love and Heaven's justice meet!"意訳どころが、見事な「直訳」です。しかも、この「神の義と愛の会えるところ」、っていうのは、なかなかよい詩であるのではないでしょうか?

篠田真紀子

 この「神の義と愛の会えるところ」の話は、まだまだ聞きたいです。寺田先生の発言に、実は意義を申したいのですが、まだまとまりません。ただ、神の義と愛は、本来全く別のものでしょう? もちろんどちらもひとりの「神の」ものですけど。今、それを「放蕩息子のたとえ」の説教に取り組む中で、考えています。神の「無償の愛」と呼ばれるものが、果たして本当に「無償」か。そのことと「神の義と愛の会えるところ」というのがつながるのでは、と思うのですが、まだきちんと表現できません。皆さまのお話をお聞かせいただければ幸いです。

寺田

 神の愛がただ恵みによって自由に罪人に向けられたとき、そこに必然的に人類の罪の償いが引き起こされたという、神の本質の現れ方(啓示)に従うならば、「認識の順序として、神の愛そして神の義である」と言えるでしょう。そうであれば、神の愛と義との区別を、小生も了解できるのです。しかし、例えば、神がその内面において、異質である二つのものに領域を与え、維持なさっているという意味で「神の義と愛は、本来全く別」ということなら、小生には了解できません。「それって、ヘンじゃない?」って言いたくなる。「もちろんどちらもひとりの「神の」ものですけど。(篠田)」これを自明のこととしない方が良いように思いますが、いかがでしょうか。

篠田

 私は寺田先生のおっしゃられていることを十分に理解していないかもしれませんが、私の考えた所を申し上げます。私は放蕩息子のたとえに取り組みながら、ローマ3章21節以下に語られていることを考えていました。なぜならば、放蕩息子に与えられた赦しは、「ただで」与えられる赦しだからです。それで「無償で義とされる」という御言葉に黙想が広がったわけです。ロマ書3章21節以下に語られているのは、神の義です。それは信じる者すべてに与えられるものと語られます。24節「ただ、キリスト・イエスによるあがないの業を通して、神の恵みにより無償で義とされるのです。」まさに放蕩息子が「雇い人の一人にでも…」という償いさえもなく、そのまま息子として復権されたように、神は人間をお赦しになられます。人間が受け取った神の義は、そのように無償の愛として差し出されたものです。
御言葉はその神の義がどのようにして、人間に無償の愛として差し出されたのかを語っています。「ただキリスト・イエスによる贖いの業を通して」です(25節)。これまでの人間の罪に対し、その怒りと審判をされるため、神が罪を放って置かれず、厳しく追及され裁かれる方であること、つまり神の義を、神が義なるお方であることをお示しになるためだったというのです(26節)。
 神は、愛であることを人間に示される時に、義であることをお辞めになったわけではありません。本当は、神が義であられることを追求していけば、人間は神の怒りと裁きによって、滅ぼし尽くされなければならない存在です。しかし、神の義しさは、ただ一度、永遠に、キリストの十字架の贖いに現されました。だからこそ、人間が受け取るのは、キリストの贖いを通して、その償いゆえに無償となった「愛」なのです。
 それゆえに、「十字架のもとぞいとやすけき、神の義と愛のあえるところ」なのかなぁ、と私は思ったのですが。もし、神が義なる神だけならば、もし神がその義をキリストの十字架を通してではなく、私に直接示されたら、私は救われようがないのです。もしそのようにだけ、神の存在を示されても、私は神を愛とは思えないのです。そういう意味で、私の中で、神の義と神の愛は、東と西のようなものに感じるのですが。ヘンですかね? しかし、神はキリストの十字架において、ご自分が義であることを示してくださった。そのことそのものが、私にとっては神の愛に感じるのです。

寺田

 恐らく、小生が篠田先生の説教を聴いてもアーメンと言える筈ですし、逆もまた然りであると思います。「そういう意味で、私の中で、神の義と神の愛は、東と西のようなものに感じるのですが、ヘンですかね。(篠田)」について、小生の問題意識を厳密にしておきたいと思います。小生が問題にしているのは「神の義と愛」という表現ではなく、「あえる」という表現なのです。「神の義と愛」とが十字架において「あえる」という表現だと、「十字架以前は、義と愛とが別々の所にあった別物になる」でしょう? しかし、これではまるで、神の本質である聖なる愛と聖なる義とを、あたかも異質なもの同士であるかのように、見なすことになりはしませんか? そうなると、我々は神の内面にまで踏み込み、自分たちの感覚で分離してしまった神の2つの本質を、後になって、それこそ「和える」ことになってしまうのではないか、そう考えられるのです。
 そこで思い至ったことというのが、上田好春先生に尋ねたところの、「この讃美歌の歌詞を、そのような理解を助長する形で訳出するのは、島村亀鶴先生が活躍された頃の時代的背景と関係があるのではないか」、ということであったわけです(或いは教理的成熟度なのかも知れない)。事実、桑田秀延先生もその著書『キリスト教の人生論』の中で、「審判の上に立つ救い」を論じながら、この讃美歌を引用なさっていて、文脈から察するに、ずいぶんと評価していらっしゃいます(p.93)。
 ちなみに、改訳に至った経緯や理由は知りませんが、『讃美歌21』300番は「十字架のもとにわれは逃れ、重荷をおろしてしばし憩う」としています。この方が、エリザベス・クレーフェンの本意を酌んでいると思えます。

篠田

 いやあ、寺田先生と私が、そんなに食い違うとは思いませんでしたけど。でも、これはなんか譲れないですね~。私としては、やはり「あえる」と言ったところに、ぐっとくるのですが。「十字架のもとぞいとやすけき」でしょ。十字架の元に安らう人なんて、いないでしょう? おそらく、少なくともキリスト以前には。それが「神の義と愛のあえるところ」となったから、いとやすけき所となったのだと思うのです。
 人間が神のことを知ったように語ることは決してできないのですが、しかし、神の中でご自身の義と愛が格闘されているのを、旧約聖書の中から味読することができるのではないでしょうか。十字架以前、神は、イスラエル(人間)を愛するがゆえに、罪のイスラエル(人間)を裁かなければならないことで苦しんでおられます。創世記6章、神が地上に人間を造ったことを後悔し心を痛められた、とか、ホセア11章などは典型ですね。それは、神ご自身の中で、その義と愛が、相容れないという証しではないでしょうか。イスラエルに対し、義を貫きつつ愛も貫くなどできない!と苦しんでおられるのは、神ご自身です。
 ところが、そのできないはずの不可能を可能にしたのもまた、神ご自身です。だからこそ、むしろ私は、十字架が「神の義と愛のあえるところ」と歌われたところにぐっと来るのですが…。私は、やっぱり「あえる」だと思うのですが。ちなみに、寺田先生ならどんな言葉で表現されるのでしょうか?

寺田

 もしも小生がクレーフェンの詞を題材にして、日本語でオリジナルの讃美歌を作ることになったとしても、そこでは神の愛、神の義を対比概念としては扱わない、対立的に図式化して描かないつもりです。「神の義と愛があえるところとなった出来事にこそ、神の本質が現れているのではないでしょうか…。」十字架に神の本質が顕されたという点で我々は一致している筈です。小生がはっきりさせたいのは、そこに顕された愛、神の義が、元々別々のものであったかどうか、ということなのです。篠田先生はこうおっしゃいました。「それは、神ご自身の中で、その義と愛が、相容れないという証しではないでしょうか。」果たしてそうでしょうか。それらが十字架で統合されたということであっても、「神の愛と義とは異質な時代があった」ことになります。そのような相容れない2つの特質が唯一神の内にあったとすれば、神は十字架において自己矛盾を克服なさったということになり、神は十字架以後、その本質において変化なさったことになります。そうなると、例えば「あえる」ことになった義と愛とは、十字架以後も義と愛という2つの本質のままか、或いは他の違う本質になったのか。前者であれば、神はなお自己矛盾を引きずっていることになるし、後者であれば、十字架において神は初めて聖なる神になられたことになります。それは神の永遠の聖性を否定する結論に至りはしないでしょうか。
 先生が「あえる」という言葉にグッと来るのは、神の義と愛とは別であるということを前提にしていらっしゃるからです。ところが、小生は愛も義も神の聖性において永遠に不可分と考えているから、「あえる」という表現にエッと思い、讃美歌の原詞を調べたのでした、「もともと一つのもんやないか。矛盾せーへん筈やんけ」とつぶやきながら。そして、讃美歌の邦訳に見られる意訳(と小生は思う)を見つけ、もしかすると「日本人に分かりやすくしよう」とする配慮が、逆に仇になっている典型ではないか、と思うようになったのです。

青木豊

 「篠田・寺田論争」にチョッカイを出します。私は、寺田牧師の見解に賛成します。その理由は、主の十字架において、神の「義と愛」はひとつであり、十字架以外に、「神の義」も「神の愛」も考えることは出来ないと思うからです。私は、緊張関係にあるのは、神の「義と愛」ではなく、神の「聖と愛」ではないかと思います。神の「聖と愛」こそ、一般的に<神の本質>と言われているのではないでしょうか。



編集注記 )

「復活と十字架の説教」をテーマとした議論の前半部分のみ掲載します。この後、晴佐久神父の説教とその吟味へと議論が発展します。その部分は、2008年の『紀要・説教』pp. 213~272に掲載されています。
本文書は、紀要に掲載されるために短縮版へと編集される前の、メーリングリストのオリジナルの文書に近いものです。
代田教会でもたれている読書会では、R・リシャー『説教の神学』(教文館2004年)を学んでいる。
“Beneath the Cross of Jesus I fain would take my stand, The shadow of a mighty rock Within a weary land; A home within the wilderness,A rest upon the way, From the burning of the noontide heat,And the burden of the day."



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